2014年

お世話になります。

迫田工務店の迫田です。

当社も本日にて2014年の仕事納め。

今年も本当にたくさんの方にお世話になりました。

今年を語る上ではどうしても
8月20日未明の大雨土砂災害のことを書かねばなりません。

忘れないためにも
ブログに残しておこうと思います。

長文ですがご了承願います。

8月19日の夜
仕事を終え歩いて帰宅する時も
雨は降っていましたが、
「いつもの大雨の夜」となんら変わることなく
いつもどおり晩御飯を食べ、いつもどおり風呂に入り
いつもどおり「あとは寝るだけ・・・」のはずでした。

午前0時を過ぎた頃
大雨の音とは別に
雷がひどくなりました。
雷雲の真下にいる感じで
「いつ我が家へ落ちるか」という恐怖がありました。
インターバルもほんの数秒しかなく
昼間のように明るくなったかと思えば
大きな雷鳴と地響き・・・。

家のすぐ側を流れる川を
ゴロゴロと岩が転がっていく音も聞こえました。

1時間、2時間と経っても、
雨も雷もおさまる気配はありませんでした。

午前2時をまわっても眠れずにいました。
とりあえず子供らを起こし、1階のリビングへ移動しました。
嫁も子供らも気が進まない感じで
「意味があるの?」と責められましたが
強引に移動させました。

川に近い寝室と子供部屋から離れることと
何か起こった時には家族がまとまっていた方がいいと考えたからです。

停電し真っ暗闇でしたが
稲光がひっきりなしなので家の中の移動にも困らないぐらいでした。

懐中電灯を用意し
携帯のツイッタ―で情報収集しました。
「可部3丁目で河川決壊・・・」
「安佐南区、安佐北区で土砂崩れ・・・」

不安は募りました。
最初は眠たそうにソファーに横になってウトウトしていた子供らも
ただならぬ様子を察したのか
怖がり始めました。

避難場所の近所の公園への避難も考えましたが
雷がひどく
外へ出るより
家の中ほうが安全だと判断しました。

大雨の音、雷の音、川の濁流と岩の転がる音に加えて
これまでどんな大雨の日でも聞いたことがない
四つ目の音が聞こえ始めました。
滝の側にいるような「ジャーッ」という音です。

窓から外の状況を確認しようと思いましたが
稲光は一瞬過ぎてよくわかりませんでした。

ただ、黒いはずの道路が白く見えました。

あとからわかったのですが
4つ目の音の正体は
道路を流れる濁流の音でした。

午前4時半を過ぎたころようやく雨と雷がおさまりました。
同時に夜がしらじらと明け始め
あたりの様子がうっすらと見えてきました。

山側の東向きの2階の窓を開けて愕然としました。

倒れた電柱、横転した車
段々の田んぼを滝のように濁流が流れ
道路は川になっていました。

近所の人たちも
窓から茫然と外を眺めていました。

「いったいなにがどうなったん・・・」

言葉もなくただ茫然と濁流を眺めていました。
みんな状況を理解するのに時間がかかっている感じでした。

午前5時ごろ
ようやく外へ出てみました。

道路は濁流と土砂で
くるぶしまで埋まりました。

会社は無事。

ただ車庫に停めてあったはずの2トンダンプが
地面ごと無くなっていました。
下流の橋へ仰向けの状態で引っかかっていました。

会社敷地は土砂が流入し
材料や道具が散乱していました。

とりあえず出来ることからと思い
敷地内の土砂の撤去を始めました。

上空に何機もヘリコプターが飛び交っていました。
停電でTVも映らないので
未だに状況は知らずにいました。

携帯電話も通じませんでした。

少し街のほうへあるいてみましたが。
旧国道へつながる橋の上が土砂で埋まっていて通行できなくなっていました。

警察や消防、それにマスコミ関係の人たちと何人もすれ違いました。
「ただ事ではないな」と感じました。

団地の方へいくと被害はさらに深刻でした。

車のTVで情報を得た人から
八木や緑井、山本でも土砂被害があったことを知りました。

昼近くになっても停電は続いていました。
心配してくれた親戚が歩いておにぎりを届けてくれました。

ニュースを見て心配してくれる人達からの電話で
携帯電話はひっきりなしに鳴りましたが
通話は制限されている感じですぐに途切れ
まともな会話はできませんでした。
電気が復旧したのは14時をまわっていました。

あっという間に夕方になり
泥まみれの作業服のまま
会社の机でパソコンを開き
ネットで被害の大きさを知りました。

それから数日にわたり
本当にたくさんの方がボランティアとして
土砂の撤去のお手伝いに来てくださいました。

お心遣いも頂きました。

あれほど大きな災害であったに関わらず
業務に大きな支障なく乗り切れたのは
そんな方たちの力添えがあったからだと思います。

残念ながらすぐ近所でも亡くなられた方がおられます。
住む家を失った方もおられます。
住む家はあっても精神的なダメージで
今も家に戻れない方もおられます。

「あの日」がずっと続いている方たちがいるのです。

自分に何が出来るか
会社として何が出来るか
きっとそれは特別なことではなく

会社がそこにあり続けること

すぐ近くにあり続けること

困ったときに相談してもらえるように
困ったときに心強く思ってもらえるように
困ったときに助け合えるように

そして何でもない日常が
どれほど幸せなことであるか

「あたりまえ」がどれほど貴重なものであるか

そんなことに気付かされた
あの日から今日までの日々でした。

2015年はどんな年になるのでしょうか

すべての「あたりまえ」に感謝して
来年も社員一同精進致します。

宜しくお願い致します。

長文失礼致しました。

では
皆様

良いお年を。

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